「……復活…ですね……」
特に気にしたふうもなく、半ば義務的にそう言ったのはティレオル。
「フッ……順調です……」
ネストレックは面白くもなさそうに答える。
「魔王様が止めに入りはしませんか?ネストレック。この計画はあなたの独断でしょう」
「……もし止めさせるつもりがあるならこれより前に邪魔があるはずです。
無いということはおそらく私の行動もあの方の計画の一部であると解釈できます……。
つまり…私は間違っていないはずです……」
無表情でさらっと言った彼の口もとには微笑が浮かんでいた。
はっきりと感じとれるほど露骨ではないが。
彼は二、三歩靴音をたてて歩くと目を閉じた。
「あなたは魔王様のことを知りつくしていますね。……ふふっ…さすがはあの方のパートナーです」
かけられた言葉に、少々嫌な顔をした。
もっとも、零に近いほどの表情変化なのだが。
「いいえ。私はあの方は理解できません……。特に感情によって行動を決定するところでしょうか」
と、ネストレックは反論する。
ティレオルは、金の瞳を輝かせながら、明らかに笑みを浮かべた。
この薄暗い中で輝くのは金という色素のせいだろうか。
「あなたは感情を出しませんからね。……だから…魔界全体が暗い雰囲気ですよ、ネストレック。
 ――魔王様のいたころはもっと活気にあふれていました。
 一番趣深かったのはあの方があなたの部屋をメルヘンちっくに改造したことですね。」
「………。魔界が暗いというのは私のせいでしょうね……」
明るく、リーダーシップがとれるのは魔王様だけだ、と言外につけて。
「魔王様、帰ってきませんかねぇ、あの可愛らしいお姿をまた拝みたいものです」
「……私としては…苦手なんですが」
ネストレックは、魔王の前では多少、感情の変化がある。
そのことを、ティレオルは知っていた。
「魔神の……復活は……魔王様の計画通り……なのでしょうかねぇ……」
 

見張りがいないのが不思議だった。
ほとんど導かれる様に、いや、罠にはめられるような思いで、セレスは走っていた。
「くそ、どこ行きやがった!?」
迷子になったような気分だ。
彼は、最後の切り札である術の詠唱を頭の中で何度も復習している。
――精神水晶剣《クリスタルライトブレード》と呼ばれる、
魔法力のエネルギーの構成を攻撃力を持つ剣に実体化させる。全ての物質を斬ることができ、
斬れないものはないと言われる。
万が一のときのために常に発動の準備をしていたのであるが――
道が全く分からない。直線の通路を直線に進み、別れ道はカンで選んだ。
だがそれはすべての敵の計算のもとに自分が動いて――
――手の上で踊らされているような感じがして、気にいらなかった。
いいいかげんうんざりしてきた。
今までの歩数は何千歩になるだろう?
実際のところ、初期位置からどのくらい進んだかなどわかるハズがなかった。
一応、魔法で壁を削ってマーキングをしてきているのだが、一度もそのマークを見ていない。
それに、この小さい体では遅く、すぐに疲労が蓄積し、能率が上がらない。
それでも休む時間をとらなかったのは彼のプライドだろうか。思いやりだろうか。
本当に嫌になってきた。
だが、そんなことを差し引いてでも、ミリアとリースを救う必要がセレスにはあった。
理屈うんぬんではなく、ただ 「必要」 と思う心に体を動かされて、彼は走っていた。
この作業を中止する意志はまったくない。――目的地にたどりつくまでは。
 

――この部屋だと、セレスは直感で判断した。
 
 

「待っていましたよ……」
金髪の女―魔界幻師ティオール。
「あなたとここで滅びを待つのを……。それとも―今ここで死を選びますか?」
セレスは動じた様子もなく、
「そのどちらでもない。通してもらおう」
「あの二人がどうなったか、知りたくありませんか?」
――おそらくは時間かせぎのつもりなのだろう。
だが、聞かないわけにはいかない。今現在の情報は少なすぎるのだ。
黙っていると、ティレオルは語り始めた。
「あの二人は―元はひとつったのですよ……。
 だが、あまりも強大な魔法力を持っていたためその魔法力を二つに分けられ、
 片方に命が宿りました。これが――ミリアという娘。
 ――ふたつにわかれたものはひとつになる。どういうことかわかりますか?」
「……魔神復活との関連がわからないな。」
「―二分の一と二分の一の和は、一。つまり、二分の一の二倍。魔神を召喚するには、
 はかりしれない魔法力を使用します。私の計算では、ミリアという娘の魔法力のちょうど二倍が
 魔神復活に必要最低限の魔法力……。そして、今――あの子達はひとつになろうとしています。」
ひゅっ!
セレスの短剣が、ティレオルの腕をかすめる。
――心臓をねらったつもりだったが。
「とりあえず、貴様を殺さなければ話にならないわけだ。」
ティレオルは、にっと笑うと、
「やめましょう。魔王様が認めたあなたを殺す気はしません。殺すのもおしいほど――
 かわいいですし……」
「魔王?」
「ええ……。あなたをとても気に入ってらしたご様子で」
 

「始まりました。――星の歴史。紙に残らない生物絶滅の歴史が。ようやく、人類は滅亡する」
ネストレックは笑みをうかべた。
魔神が召喚される。
ひとりの娘のからだを媒体にして。
「愚かな心しか持たぬ星の病原体の滅びをここで見物するとしましょう。」
 

「くぅ――ああああっ!」
ティレオルの左腕が消滅した。
文字どおり、虚空に消えたのだ。
「…何……?」
セレスが見たものは――
黒に包まれた少女。
彼女のしわざらしい。
「……く…あ、あなたは……」
少女がニヤッと笑う。
「――魔神」
しゃぁっ!
「くあああっ」
黒い刃がティレオルの全身を切り裂いた。
「じゃまだよ。」
くずれ落ちるティレオルを全く気にするふうもなく、まっすぐ歩く。
――セレスのほうに。
「私はこのひとに用があるの。」
圧倒的な力。
見るもの全てを絶望させ、恐怖を与え、軽々と死の端に追いやる。
黒い瞳。何色の光も反射させず、吸収する色。
それらとは対象的に鮮やかでかわいらしい髪と手足。
その部分だけはまちがいなく――
「ミリア……?」
 

「……殺したい。」
魔神は悪意をもった子供のような声でつぶやいた。
「ど…うしたんだよ……ミリア……ミリア?」
ミリアが変わってしまった。
――セレスは判断する。
このミリアは体はミリアだが、あとは違うのだと。
「ミリア?……この体の前の持ち主の名前だね」
魔神は黒をまとってくすくす、と笑う。
「……そんなこと、どうでもいいんだよ、私」
破壊音とともに、床に亀裂が走る。
「殺したいの……」
その殺意は自分に向けられたものだとセレスは知った。
そして、魔神が殺したいと思うものは必ず殺せるほどの力を持っていることもわかっていた。
つまり――セレスは何もできなかったのだ。
運命に逆らうこともなく。
ただ決定している道に少しあらがうことしかできなかった。
「ミリア……」
記憶がなくなる前から、ずっと前から知っていたような名前。
会ってまだ一ヶ月もたっていないというのに仲良くなれた。
――大切な人だった。
あの笑顔を見るのが好きだったのに。
「リース……」
ミリアによく似た少女。
ミリアがとっても大事に思っていた。
――僕も、好きだった。
今はもういない……。
「フィーナ……」
生まれた時から、彼女のことは知ってたような気がする。
あの人も大切な人だったのに。
――どこか遠いところへ行ってしまった。
 

三人とも、二度と僕の前にはもどってこないのだろうか……
 
 
 
 
 

 

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