「…………」
セレスは独り、立っていた。
「助けに行くべきか……」
ミリアとリースは、牢から出されたものの、どこへ行ったか分からない。
それを承知した上で、助けに行くかどうかという話である。
いくら、分が悪いにしてもこのままじっとしていると悪いことだらけだ。
「…………」
セレスは牢をぶち破ることにした。
無論のこと、結界も張られている。
だが――結界を破る方法もないわけではない。
結界はその機能上、広範囲に効力を働かせなければならない。
広範囲に結界を張るには、うすい膜状の形態が最適である。
消費魔法力が少なくてすむし、移動性(結界は、人間の周囲に出現するのではなく、
その空間に出現するので、結界の移動作業が必要なのだ)の面で、優秀である。
――しかし、目の前の結界は前途の利点が全く無いにもかかわらず、うすい膜結界なのである。
ワナかもしれない。
この結界を破るには、ある一点に魔力をたたきこめばいい。
ただし、極度に密度が高く、まっすぐでなければならない。
ちょうど、風船を針で割る原理だ。
「…………」
カッ!と閃光をまき散らし、結界は破れた。
続けざまに放った魔術で鉄格子をふっ飛ばす。
セレスは走り出した。
一刻もはやくミリアとリースのもとへ行かなければならない。
時間がない。
――だが。
ひっかかるのはあっさりと破れすぎた牢である。
 

リースは目を開けた。
すぐそこにはミリアがいた。
こんな状況になっても彼女の姿があれば安心することができる。
「ミリア様」
やさしくリースがゆり起こすと、ミリアも目覚めたようだった。
「みゅ?」
大きなくりくりの瞳はぐるぐると泳ぎ、やがて地面のほうをむく。
「…………」
――ミリアは元気が無いようだった。
「……フィーナは……フィーナは……」
じわっと、涙があふれる。
「私……フィーナに何もしてあげられなかった……。きっとフィーナは悩んでたのに…私……。」
何かにすがるように、あるいは自分をなぐさめるために。
ミリアはリースを抱きしめた。
「好きな人、失うほど…悲しいことって…あるの……?」
リースももらい泣きしそうになりながら。
悲しかった。
フィーナを尊敬していた。信頼できた。
――そして、大好きだった。
だから……だからこそ…
「フィーナ様は……」
続きが思いあたらない。 ――いや、思いはたくさんあるが、あてはまる言葉がない。
言葉が見つからない。

コッ…カッ……
靴音がしたのはそのときだった。
「……っ!」
リースは驚愕する。
――降魔神器――
一万年前の降神戦争、創造神と魔神が戦ったときに作られた神々の武器。
一説によれば、魔神配下の魔神官が作り出したもので、それぞれに特徴がある。
彼―靴音の主が手に持っている降魔神器……。
九頭龍剣ジャガーノート。物質を変化させるスキルを有する。
「お……父様……」
リースの創作者、ゼファードであった。
銀色の長髪に黒いコート。加えて身長が高め。
女の子2人では勝てそうもない相手である。
「ふん…リースよ。いろいろと俺ら魔族に逆らうことを考えたようだが…。
 無駄に終わったな。――この魔界に来たのだからな……」
ゆっくりと――しかし、一歩一歩着実にこちらに近づいてくる。
リースは背が凍えそうになりながら父――あくまでリースを作った者であるが――を、
見ていた。逃げたくても足が言うことをきかない。
また、それはミリアも同じことだった。
彼のまとっている気《オーラ》……これは身近に死を宣告されるような気持ちにさせるもの……。
殺される――。
ミリアの中で2人の恐怖が生まれる。ひとつはそれ。
自分が死ぬことへの恐怖――もう一つは――
大好きな人の死――。
もう二度と……もう二度と……そんな思いは……。
「リ…リース…わ、わたし…こ…わいっ…。誰かが……し…ぬ…なんて…やだ……」
ミリアのか細い声。いつも元気な彼女の面影は無い。
抱きしめ合った体全身から小刻みな震えが絶え間無く伝わってくる。
彼女の不安が、そっくり伝わってくる。
リースは、自分も不安にうちひしがれるわけにはいかなかった。
彼女を守ることができるのはもうリースしかいないのだ。
セレスには――今の状態のセレスには頼ることはできない。
「おまえらの運命は決まっていたんだ。――最初から……幸福な人生を送ることなど不可能だった」
ゼファードの右手の九頭龍剣の先がリースの方向を向く。
――正直、恐怖しないことなど不可能だった。
ただ、恐怖に負けることを望んではいなかった。
そう理論づけると多少の勇気が生まれてくる。
「お父様……私は……生きがいを見つけました。人形同然に作られた私が、です。
 希望を持って生きようとしている人間に……あなたは死を与えるんですか!?」
ミリアのほうを見た。
ぼろぼろに涙を流し、ほおと瞳はずぶぬれだった。
苦悩の混じったあえぎ声は、リースの心を痛く痛くさせた。
彼女は絶望が始まるかもしれぬ不安にあえいでいる。
「知らんな。俺は俺の目的を遂行するのみ。私情など入れる必要もなければ存在もしない。」
百九十センチはあろうかという身長の彼は、2人を見下ろして言った。
「言いたいことはそれだけか?」
生きのびるには、もっとしゃべれば少しはのびるだろう。
しかし、それさえもままならなかった。
恐怖で口が動かない。ただ震えている。

剣がきらめき、直線を描く様に突かれた。

半ば反対的にミリアを突き飛ばしたリースは、剣の鈍い光沢を確認したかと思うと、
次の瞬間の意識はあやふやだった。
何が起こったのか理解できなかった。
痛いのか、痛くないのか、それすらも理解できず、
最後に視界にうつったのは自分の腹に刺さった血まみれの剣だった。

ミリアは赤い血が地面に広がっているのを知った。
見上げると―
大切なものを失ったことを直感した。

 

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