1、幸せは消失してしまうの?


「み〜りあさまぁ♪」
リースはとっても笑顔でミリアと腕を組んでいた。
カップルの女性のよーに。
「なぁに?」
「アメあるんですわ。食べます?」
「あめ? うん、食べる♪」
ミリアも笑顔でほほえみかえした。
紙につつんだキャンディをもらった彼女は両端をきゅっとひっぱった。
宙に浮いたキャンディは急角度の放物線を描き――
――ごちっ!
キャンディはミリアの歯に激突し、跳ね返って地面に落ち、くだけた。
「えうぅぅ…いたいよおぉ…」
歯の痛みと、キャンディを食べられなかった。悲しみとでミリアの目に涙が浮かんだ。
「ああ、もう、ミリア様ぁ。だいじょーぶですか? ケガありませんか?」
「うううぅぅ…」
「ええぃっ! ズレてるっ! ズレてるんだ貴様らは!!」
セレスが何かに耐えられなくなって怒鳴った。
「戦いの前の緊張感がないのかっ!!」
――戦い。
「たたかい?」
「戦い…。」
ミリアとリースでは反応がちがっていた。
ミリアが全くわけがわからなかったが、
リースは、まともに心臓を貫かれた。
――戦い。
目的は、邪呪法師ネストレックを倒すこと。
セレスはそのために、ここ図書館で調べ物をしている。
ネストレックを倒すには、魔界に行くしかない。
そして、
魔界へ行くことが戦いの幕開けであり、
幸せの消滅であることも。
リースは十分わかっていた。
幸せの消失――
つまり、今の日々の崩壊……。
死への直結をまぬがれない運命。
地獄への転換。
――すべてを。
すべてを、リースは覚悟している――はずだった。
そのはずなのに……。
(私は……こわい……)
涙が――出そうだ。
いや、流してはいけない。
なのに……泣いてしまう。
「……リース、どうしたの?悲しいの?」
ミリアは心配してくれた。
心配して……くれた。
「え? ……な、なんでも……ないですわ……。」
心配はかけてはならない。

残りの人生は楽しみたい。
だから……心配なんて、余計なことをさせてはならない。
ミリアでも、どうすることもできない問題なのだから。
リース自身の問題なのだから。
それに、ミリアはもう十分、はげましてくれた。
“いっしょに生きよう” と言ってくれた。
“リースは死なないよ” と言ってくれた。
――自分で解決しなければ。
自分がなんとかしなければ。
生きたい。
だから、自分で道を切り開く。できるかぎりのことをする。
あきらめない。
リースはそう決意したのだ。
 

「そろそろ……終わりね……。決断をしなければ。」
フィーナは町の通りをなんとなく歩いていた。
アルザスもいっしょだ。
「ふ……自分が死ぬか、弟を死なせるのかの決断か。」
そうだ。
運命はふたつ。
セレスとミリアを助けるために自分が死ぬか、
自分が助かるために2人を死なせるか。
ふたつしかない。
リースは死ぬしかない。
――なんとかならないものか。
思うだけ無駄だった。
策を作るのが得意なフィーナだが、ネストレックはそれを上回る策を作れる奴だ。
みんなが生きて、幸せになれる道など無い。
誰かが死ななければ。
「あたしは……死にたくない……。」
地平線の先を見つめた瞳で、フィーナはつぶやいた。
死にたくない。
せっかく、弟や、ミリアやリースと会えて、宝物を手に入れた。
――死んだら全て失い、全て忘れてしまう。
だから、
大切な人が死ぬより、自分が死ぬほうが嫌だ。
思い出がすべてなくなってしまうから。
「……では魔界に行くのだな。」
アルザスはいつもと変わらない、感情のない声。
どうせ、あたしの悩みなんか人事だと思っているのだろう。
フィーナは思っていた。
――しかし、魔界で頼れる人はアルザスしかいないのだ。不在の魔王を除いて。
頼れるといっても全面的ではない。
思想が少々共通するので、話し相手になっているにすぎない。
どうせ、自分の不幸を楽しんでいるにすぎない。
行動をおもしろがっているにすぎない。
魔族を信頼するなどしてはならない。
自分の利益を最優先するから。
「そうね。……あたしは……。」
言いかけて、フィーナは、
「……あたしが……死んだら……悲しむ人は…いるかな?」
ずいぶんと弱い声だった。
「……さぁな。何人かはいるかもしれない。」
いつもと変わらない声で言うアルザス。
―フィーナは絶望はしなかった。
むしろ、ほんの少しのなぐさめになった。
「……でも……あたしは生きるわ。たとえ……弟を見殺しにしたとしても!」
――こぶしをにぎりしめ、今にも泣きそうなフィーナの顔。
それを、無表情で、アルザスは見ていた。
 
 

幸せは、消失してしまうのだろうか?
 
 

 

 

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