リースは静かに驚いたようだった。かまわず、ミリアは魔物に語りかける。
「ダメだよ、人を襲っちゃ。ほんとの悪い子になっちゃうよ。君は……自由に生きていいんだよ。
 でも、人だけは襲わないで。お願い」
魔物をぎゅっと抱いたままで必死に語りかけた。
――やがて、魔物はむき出しにした爪と牙をしまって、ミリアの顔をなめはじめた。
「わかってくれたんだね。きゃは♪ くすぐったいよぉ」
魔物を動物のようにあつかうミリアを瞳に映して、リースは信じられないってゆー顔をしている。
「……ミ、ミリア……様……それ、な、な、なんで魔物が襲ってこないんですの?」
腰を抜かしているのか、座ったまま魔物を指さした。
「襲ってくる? なんで?」
ミリアはかなり変わった解答を出した。
――数年前あたりから、“魔物”という単語はポピュラーなものとなっている。
さらに、ミリアのふるさと、アストレイフの町は魔物に襲撃され、滅びた。
世間では、“魔物とは人間の害になるもの”という認識がほとんどである。
ミリアのような超変わり者はかなりめずらしい。
「なんで?って、その……」
なんだか、ミリアのほうが普通なような気がしてきて、自分に自信がなくなってしまった。
――リースは、そもそも人間として生まれてきたのだが、あらかじめ用意された肉体に魂を
入れられてできた存在だ。その過程は魔族が魔物をつくるそれにそっくりだ。
……だから、どっちかってゆーと、その、えーと、共食いとゆーか、なんとゆーか……
「あ――――っ!!」
「わっ、……びっくりするよ。どーしたの?」
「あっ、あれ!」
「へ?」
リースが青ざめた顔で指さした先――何やらカレーがぶちまけてある。
「あ、カレーがこぼれてるね」
「なんでそんなに涼やかなんですかああっ!」
「う、ごめんなさい」
「あ、そ、その、なにも謝らなくても……」
別にミリアを怒るつもりはなかったのだが、とっても素直な彼女は言葉の意味をとっても素直に
解釈してしまうのでリースのほうが調子が狂ってしまう。
それよりもっ!
「それより、私のカレーがああぁぁぁっ!! こぼれてますわああっ!!」
さっき、魔物が襲ってきたときにこぼれたのだろう。
「あああああぁっ! まずいですわ、まずいですわっっ!!」
「?」
「あのカレーはフィーナ様が召しあがるんですわっ! それなのに……ああ、それなのに……
 昼ごはんは土の上にこぼれたカレーなんて言ったら……」
リースは正座して、滝の様に涙を流している。
「あの方は非常に恐ろしいんですわっ! 罰としてすぐ私のお食事抜いちゃうし、罰として
 部屋の掃除をさせるし、この間なんて罰としてお料理の材料買いに行かされたんですわっ!
 歩いて行ったんですよ、歩いてっ!
 おかげで3日間筋肉痛で立つこともままならない状態にまでおちいりましたんですわっ!
 あああぁっ、今度はどんな罰が私を待ちうけているんですのっ!?」
――そんなに罰が嫌なら失敗しなければいいのだが……
まぁ、それは彼女の性格上、無理な話である。
「あああっ、しかも魔物がこぼれた料理を食べてますわ……しくしくしく……
 なんか悲しさ倍増ですわぁぁ……」
「この子、おなかすいてるんだよ」
「ううう……。ミリア様は私の味方じゃないんですのぉ〜?」
――そこまで言って、リースはハッと気づいた。忘れるはずのないことを。
今の今まで、自分はミリアと勝負をしていたのだ。
自分の味方どころではない。
「何言ってるの。私はリースの味方だよ」
――むこうも勝負のことなど、きれーさっぱり忘れているようだ。
まぁ、もしかしたらうまく理解してなかったのかもしれないけど……。
「…………」
しばらく、リースは口にする言葉を見つけることができなかった。
「あ、そうだ、魔物さん。はやく逃げて。セレスが来たらきっと君を殺しちゃうから……
 なるべくはやく……」
「セレス様は魔物を殺してしまうんですの?」
話題が変わったので、リースは話す糸口を見つけた。
「……うん……。セレスは……このことだけはわかってくれないの……生きてるものは
 殺さないでっていつも言ってるのに……。わかってくれないんだ」
「まぁ、ひどいですわっ! 魔物がかわいそうですわっ!」
――――あれ? さっきまで魔物なんかに同情するつもりなど全くなかったのだが……。
不思議なものだ。
今ではすっかりミリアのように魔物が友達のように思えてくる。
あんなに恐かった魔物の容姿も、今ではかわいく見える。
「ほら、魔物さん。セレスが来ちゃうよ。逃げて」
……魔物はしぶしぶ帰る動作を見せた。
「また、どこかで会おうね♪ 魔物さん。もう人を襲っちゃダメだよ。バイバイ♪」
ミリアは最後に、魔物に抱きついてほおずりをする。
そして、とびっきりの笑顔で見送った。
「…………」
リースは心の中ではこんなことを考えていた。
ミリアの前では、敵も味方もないんだな、と。

リースは正座をしていた。
凍ったように、微動だにせず、背筋を限界まで伸ばしている。
瞳には、“ただ死を待つ恐怖“が克明に描かれていた。
「ほおおおおう。……そんな理由であたしとあなたのお昼ごはんがない、と……」
ジト目たらたら、声色に潜む闇をちらつかせているフィーナ。
「はい……」
手が震えてきた。心なしか、歯がガチガチする音が聞こえる。
「ふううううううううううん。フィーナちゃん、とおおおぉってもおなかすいてるのになぁ〜?」
「……はい……」
「ねぇ? リースちゃん♪ あたしが怒ると恐いの知ってるよね?」
子供みたいにかわいい声色を使うフィーナ。笑顔の根底には“鬼”がいそうだった。
「はひ……」
あまりの恐怖に、歴史的仮名づかいになっている。
「あたしがごはん食べられなかったらすっごく腹立つのも知ってるよね?」
「……う……うう……」
「そぉね〜、罰ゲームは何がいいかしら? リース♪」
「……た……た……」
リースは震えている体をがんばって動かし、ミリアに抱きついた。
「助けてくださいっ! ミリア様っ!」
「ほえ?」
ミリア自身は、料理の仕上げをしているため、全く聞いていなかった。
「どうしたの?」
状況がわからず、質問する。
「フ、フィーナ様が私をいぢめるんですわっ!」
「何言ってんのよ! ……よしっ決めたわ。今からグラウンド100周っ!!」
「どこにグラウンドがあるんですかあぁっ!」
「やかましぃっ! とっとと走るのよっ!」
さすがに、ミリアも“リースがフィーナにいぢめられている”らしいことがわかった。
「もう、リースをいじめちゃだダメだよぉ、フィーナ」
「う……」
――実は、ミリアには少々弱いフィーナ。
「ずるいわよ! リース! ミリアを味方につけるなんてっ!」
「ひえぇっ!」
ささっとうまくミリアの背後にまわる。姉妹ゲンカで妹がよくやる手段のように鮮やかな
その様は、まるで昔からやっているように違和感がなかった。
「待って、フィーナ」
「……ミリア?」
真剣になり、両手を広げてリースをかばっている。そこまで真剣だと、こちらも困ってしまう。
「リースはね、おなかがすいて困ってる魔物さんに自分が作ったカレー、全部あげちゃったの。
 ……リースは、とってもいいことしたんだよ。困ってるひとを助けてあげたの。
 だから、リースを怒っちゃダメだよ」
――ミリアの言葉が完璧に正しいとは、リース自身が思わなかった。
別に魔物を助けてあげようとしたわけでなく、あれは不可抗力だったのだから偶然である。
ミリアとしては言葉にして言ったこと全てを正しいと思いこんでいるわけなのだが、リースの
方は、ミリアが自分を助けるためにウソをついてくれたんだ、と思っている。
「……ふぅ、わかったわ。今回のところはミリアに免じて許してあげる」
さすがに、ミリアに真剣なまなざしで訴えられたた魔界四王といえども頭が下がる。
「わぁ、フィーナ、ありがとぉ♪」
「ううう……助かりましたわ……ありがとうございます、ミリア様」
……リースの表情は、地獄から天国に昇ったそれだった。
「これで私も晴れて……」
「言っとくけど、今回の罰ゲームは次回に繰り越しよ、リース。
 ちなみに次回に繰り越すときには特別ボーナスとして、罰ゲームの回数をどーんと2乗に
 してあげるわ♪」
「ええええっ!? しかもなんでよりによって2乗にするんですかっ!?
 グラウンド100周を2乗したら10000周になっちゃいますわぁっ!」
……リースの表情は、天国から地獄に落ちるそれだった。
「3乗よりいいでしょーが」
「そんなむちゃくちゃなっ!!」
なにやら再び“いぢめモード”に入ったフィーナとリース。ケンカやいじめの嫌いなミリアは
黙っていなかった。
「フィーナ、もう許してあげてよ。ほら、私のカレー、みんなで食べよ」
フィーナは、食べるのが好きということを知ってか知らずか、彼女の目の前にカレーを
差し出した。
「カレーかぁ♪  しょうがない。今回は全部水に流してあげるわ」
食べ物の前にはいかなる感情も後退する。まる。
「うん、みんな仲良くだよ♪」
「みりあ様っ!」
リースは思わずミリアを抱きしめた。
「ありがとぉございます、ミリア様ぁ〜。あなたは命の恩人ですわあぁっ」
滝のように流れる涙は、しばらく止まらなかったそーな。

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送