「何をする」
フィーナの服の中のセレスは不満を漏らした。
怒っているとも、怒っていないとも思える表情で彼女を見上げていた。
「え?……ちょっとね、セレスを抱きしめたいって思ったから♪」
ほおをピンクに染めながら、セレスを抱きしめながら、フィーナはつぶやいた。
「何をわけのわからんことを」
フィーナの言葉を冗談と受けたのか、一言で返す。
「ねぇ、どんな気分?」
とてつもなくおだやかな瞳で、セレスを見ていた。
位置の関係からか、もしくは見たくないのかセレスの瞳は見なかったが。
「……別に」
正直に答えるのも照れくさいのか、そっけなく答えた。
まぁ、普段からそっけない彼だが、このときは意図的なふうに思えた。
事実、セレスの瞳はピンクに染まっていた。
「何かあったのか?」
フィーナを気づかってのことではないだろうが、心配そうに不思議そうに質問した。
「ううん……何もない」
たった数日間のつきあいとはいえ、フィーナの性格はだいたいわかる。
ふだん、彼女は勝ち気で強くて頭のよいおねえさんなのだ。
こんなふうになるのは何かあったとしか思えない。
セレスはそう思っていたのだが。
「何もない……だけど……」
フィーナは、もっと強く抱きしめた。
「だけど、あたし今すごくうれしい。だって……だって、あなたを抱きしめられたんだもの。
 こうやって、のんびりした木陰で……セレスと……一緒に……ひっく……」
セレスははじめて気がついた。
フィーナは泣いていたのだ。ほおをつたって流れ落ちるほど。
ふいに、フィーナの瞳をのぞきこんでみる。
――そこには感情でかすんだ瞳。
「どうしたんだ?」
「ううん。何でもないよ」
フィーナのうれしさは、彼女に予感をも生じさせる。
これが有限であること。
――つまり、こんなことはいつまでも続かない。セレスが元の姿に戻れば消滅して
しまうのだ……。
しかし、そんなことはフィーナの気にするところではなかった。
……なぜなら、十数年持ち続けた夢がかなえられたから……。



料理の分担としては、ミリアがセレスとミリアの分を、リースがフィーナのリースの分を
作ることとなった。――いや、なんかなりゆきで。
本当は、今ごろがちょうどお昼時なのだろうが、これから作るところである。
「ねぇ、リース」
服のそでをまくってお米をといでいるミリアが言った。幸いにも泉の水は気よく、
飲料水としても十分使えるほどだった。
――最初にお米をとぐということは、やはり、給水させる時間をとるのだろうか。
彼女はスピードより味を重視するらしい。
「なんですの?」
ミリアと同じコトをしているリースは、お米から視線を外すことなく返事をした。
「どっちがおいしーか勝負するんだよね?」
さすがにミリアも勝負だということがわかったらしい。
「そーですけど?」
「だったらさぁ、私がカレー4つ作ってリースもカレー4つ作って、食べくらべたほうが
 いいんじゃないかな」
2つの料理を食べくらべたほうが、味を深く見ることができる、というミリアにしては
立派で鋭い指摘だ。――ひょっとしたら、食への執念かもしれない。
2倍食べることができるからね。
んで、その指摘はリースの心臓を刺した。
そう、ミリアの言うことは正しい。
でも、世の中正しいだけではダメである。
「う……ミ、ミリア様……。それはできませんわ……」
「なんで?」
「お金がないからです。……これから十数日間、この袋の中の食料だけで食べて
 いかなくてはなりませんから、節約しなければなりませんわ。
 それにきっとセレス様に怒られちゃいますわ」
貧乏は悲しい。おそらく、全財産でこの食料を買ったのであろうから、この袋の中の
食料こそが生命線である。
「さ、さあ、はやくお昼ごはん作りましょうっ!」
リースは、ミリアと、自分たちのみじめさをもゴマ化して元気よくかけ声をあげた。


ぐつぐつぐつぐつ……。
ミリアが、両手でほおづえをついて、おなべの中をながめていた。
母親が子供を見ているような表情で。
開始一時間ほどの今ごろに、ようやく完成に近づいていた。
2人のおなべの中は、カレーと呼んでさしつかえないほどできあがっている。
「ミリア様、何やってるんですか? はやくしないと怒られちゃいますよ」
「うん」
表情は変えぬまま、返事をするミリア。
「でもね、お料理は心が大事だから最後まで心をこめるんだ♪ けっして焦っちゃダメ
 だよ、って、私のおねーちゃんが言ってたんだ♪」
一瞬、ミリアが人生の先生のように思えた。自分はミリアに比べたらまだまだ未熟
かもしれない。
しかし、リースは自覚しなかった。自覚したら負けになるような気がしたから……。
「そーですか?」
これは勝負なのだ。スピードも勝負のうちである。
カレーをそろそろ盛りつけようとしたリースであったが……。
「……!?」
前方に、見たこともない動物がいる。
「な、なんですの? あれ……!」
見たこともない動物――トラのような姿、こうもりのような翼、ヘビのような尻尾。
どうみても動物には見えないね、やっぱり。魔物と思える。誰が見ても。
「ほえ?」
料理に集中していたミリアも気づいたようだ。
「魔物さんだね♪」
のんきにも笑顔なミリア。――彼女は以前、魔物に町を滅ぼされたのだ。
それなのに、なぜ魔物を恨んでいないのだろうか。
魔物という種族そのものは悪くないと思っているのか。
それとも待ちが滅ぼされた原因は魔物にはないと思っているのか……。
「……ミリア様……こ、この魔物、なんか友好的じゃないんですけど……」
リースが恐怖に青ざめた顔で恐怖に震えた声を上げる。
――魔物は目をギラギラ刺せて、今にも飛びかかりそうになっている。
「リース、その子、怒ってるよ」
「え? そ、そ、そ、そんなこと平気で言わないでくださ……きゃあああっ!」
鈍く鋭い牙がリースの肩をかすめて彼女の後方に突き刺さった。
魔物はすぐに牙を地面からひっこぬいて顔を上げる。
「ひ、ひえぇぇっ! ……ど、どーすればいいんですかっ!? みりあ様っ!」
そうこうしているうちに、魔物が再び飛びかかってきた。
「きゃあああぁっ!」
リースには、魔物を倒す術も、魔物から逃げる術もない。
しかし、彼女にケガはなかった。
――ミリアが、目の前で魔物を抱きとめていたのである。
まるで人間を抱くかのように、しっかり抱きしめている。
「……ミリア……様……?」

 

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