2.リースのやりたいこと


 

夕方。
空の、地平線に近い所が赤くぼやけている。
馬車はまだ走っていた。もうそろそろ次の町に着くころだ。
昼からずーっと走っている。……ひとつ変わったとこといえば、セレスとミリアに加えて
フィーナまで眠ってしまったことであろうか。俗に言う、お昼寝らしい。
――セレスとフィーナはともかくとして、ミリアだきゃあいつまで寝る気だ。朝寝て、
昼寝て、どーせ夜にも寝るのだろう。…………寝る子は育つというのは迷信なのか!?
ミリアはこんなに眠っているのに、ひとつも育ちません。はい。
そんなことはともかくとして、リースは起きていた。寝るような気分じゃない。
……とゆーより、ずっと考え事をしている。
(……私のやりたいことって、何なのでしょう……)
フィーナが寝てから、ずーっと考えている。いっこうに解決はしないが。
ふう……。
ほおずえをついて、ため息までつくリース。遠くの夕日を眺めている。
「だめですわ〜見つかりませんわ〜〜」
ぶんぶんっと首を横に振って……またほおずえをつく。
リースのやりたいこと――彼女なりにいろいろ考えてみる。
“クリームソーダが食べたい♪”とか、“ギョーザ100皿時間内に食べたらただ、
のやつに挑戦する”とか、考えはするが、どーも何か違う気がしてボツになる。
当たり前だ。
それに、一生のうちでやりたいことが“アンパン好きなだけ乱れ食い”とかだったら、
こっちは自爆せざるをえない。リースなら、なんか言いそうな気もするが、彼女は
そこまでおちてはいないようである。よかったよかった。
「う〜ん……」
馬車のほろの中から気持ちよさそうな声が聞こえてくる。
リースがふりむくと、ミイラがセレスをひざに乗せたまま、背伸びをしているところ
だった。
「あ、ミリア様、お目覚めになったんですね」
ミリアの近くまで歩いてくるリース。
「ふにゃ? …………そっか、私、いつのまにか寝ちゃったんだね」
寝ぼけ顔で、目を服のソデでこすりながらとろーんとしている。
――セレスはミリアに抱かれて寝ている。まだ寝ている。
「ぷくしゅ〜、おなかすいちゃった。ごはんまだ〜?」
半分開いた目で、早速食べ物の話題に突入している。…………。
リースはちょっと汗だくになる。“平和なひとだな〜”とか思いながら。
「あ……と、それはセレス様に聞かないと分かりませんわ」
「……ふみゅ」
なんだかよくわからない返事をしながら、ミリアはあくびをした。
次に彼女はセレスにごはんまだか聞こうとする。――が、大きな瞳を開いて、きょとんと
していた。
――セレスは寝ている。
「ふふっ♪」
いたずらっぽく笑うミリア。その目は、やさしく、おだやかだった。
「かわいーね、セレスの寝顔♪」
しあわせそーな表情で、赤ちゃんのように抱かれているセレスをながめる。
――ミリアの腕の中ですやすや寝ているセレスは、本当に赤ちゃんのようである。
「ほんとですわ〜。セレス様、ぐっすり寝てるですわ〜♪」
リースも、寝ているセレスを見て、おだやかな気持ちになった。今まで悩んでいたのが
ウソのように。
「かわい〜ですわ〜♪」
空中でほおずえをつきながら、にこにこ。ミリアと同じで、しあわせそうだ。
「……私にも少しだっこさせてほしいですわ」
あまりにセレスがかわいいので、リースはだっこしたくなった。なんかすごく抱きたい
気分。
「うん。起こしちゃダメだよ」
「わかってるですわ」
言いながら、セレスはリースの腕の中に渡された。
「あぁ〜♪ おかあさんになったき・ぶ・ん♪ ですわ〜♪」
――酔っている……リースは酔っているようにしあわせそうである。
それにしても、セレスが寝ているからいいようなものの、本当だったら怒られるぞ……
「おかあさん?」
ミリアが不思議そ〜に、無邪気に聞いた。
「そぉですわ〜。もぉ、セレス様が私の子供でしたらよかったのにですわ〜♪」
むちゃくちゃ言っているリースだが、それほどセレスが愛らしく、大好きに思えるので
ある。
「きゃふう♪」
リースは、今、しあわせだ。そーゆー顔をしている。
「ほんと〜。セレスが赤ちゃんみたい♪」
セレスににっこり笑いかけるミリア。ミリアもしあわせそうである。
「みゅう〜、私もだっこしたい〜♪」
――さっきまで、ミリアはセレスをだっこしていたのだが、そんなことをヌキにして、
ミリアはセレスをだっこしたいようである。
リースは、ミリアにセレスを渡すのをちょっと迷うが、ここは行ってる場合ではない。
「はい、ですわ」
かけ声(?)とともにセレスを渡す。
………………。
リースはふと思った。
今、自分はセレスを自分の子供みたいに大好きに思った。すごくすごく大好きに思った。
――ミリアも自分と同じでセレスを大好きに思っただろう。
と、いうことは、セレスはミリアと自分に好かれていることになる。
大好きに思われていることになる。
(……そー言えば、私……誰かに好きって思われたこと1度もありませんわ……)
リースは悲しくなった。――が、すぐ直った。
(……!! そーですわっ! 私、死んでしまう前に誰かに大好きになってもらいたい
 ですわああっ!)
彼女は今まで、人を好きになることはあったが、人に好かれることはなかった。
実は、それが、彼女が本当に望むことだったのである。
――そんな自分の世界に入っていられるのも今のうちなのだが……
セレスはミリアのひざの上に帰ってきた。……が……
「……ん……」
セレスの目が半分開いた。
(あ……起こしちゃった……)
2人がそう思ったとき、セレスはもう意識がもどっていた。
彼が目を開いて、いちばん最初に見たものはミリアの顔だった。
――セレスは少々状況がわからないでいる。…………。
冷静に、考えてみる。今、背中があたたかい。自分の肩にはミリアの手がのせてあり、
自分の両足はミリアのもう片方の手が持ち上げている。
そして、今まで眠っていた自覚がある。
……とゆーことは……
「だあああっ! 何してやがるっ!! 貴様らっ!!」
彼は飛び起きるなり、怒鳴り上げた。元気なやつ。
「ごめんね、セレス。起こしちゃって」
ミリアが申し訳なさそうな表情で謝っている。
しかし、セレスにとってはそんなことどーでもよかった。
「んなことは聞いてねぇ!! なんで俺は貴様にかかえられて寝てんだ!?」
汗をかいて怒鳴るセレスに対し、ミリアはきわめてのほほんとした口調で、
「ほえ? セレスは私のひざの上にのったらすぐ寝ちゃったよ♪」
…………。そーいえば、思い出した。ミリアの言葉は、セレスに対しての直接の
解答にはなってないが、つまりはそーゆーこと。
セレスは思い出した。そう、確か自分からミリアのひざの上に乗り、即、眠って
しまったことを。ミリアにすすめられたとはいえ……
「う〜……それはもういいっ!!」
セレスはゴマ化しの勢いで立ち上がった。
「ん? フィーナも寝てんのか」
足元にはフィーナが毛布を着て、気持ちよさそうに寝ていた。
…………ぴしっ!
何かが硬直するような音がした。
「……フィーナぁああっ! 貴様、毛布があるのに出さなかったなぁっ!」
「わぁ、セレス、起こしちゃかわいそうだよ」
セレスがフィーナにつっかかっていくのを、ミリアが押さえこんだ。
――……そう。毛布があればミリアのひざの上などで寝なくてもすんだのだ! そんな
毛布をフィーナがいつのまにか使っているのでは、腹のひとつもたつというものだ。
ミリアはミリアでさっきセレスを起こしてしまったのを忘れているらしい。
「はー、はー、はー……」
ひとしきり全力で暴れた後、セレスは座った。
相変わらず寝ているフィーナがそのままなのは心残りだが、まぁ、我慢することにした。
「……腹減ったな……」
少し、抵抗があるような口調で彼は言った。
そういえばそろそろ夕食時である。
「うん、私もおなかすいた〜」
――お前はいつもすいてるだろ、と言いたいところだが、やめるセレス。
「今日中には街に着く予定だからな……。もうすぐ着くだ……」
そこまで言いかけてセレスの動きが止まった。
「………………」
顔にタテ線が入り、こめかみをひきつらせながら青ざめている。
「……をい……リース……」
声もだいぶ震えているようだ。
「は、はい?」
リースは何か考え事をしていたらしく、ぼーっとしていたようだった。
――でものんき。セレスがこれから言うことなどわかっていない。
「……この馬車……誰が運転している?」
………………。
眠っているフィーナと、何もわかっちゃいないミリアを除く、2人の視線が集中した。
――誰も運転していない……
「あああああっ! たっ大変ですわああっ!!」
リースもようやく事態がわかったようだ。
「?」
――相変わらずミリアの「はてな」は続いている。
「どっ、どっ、どっ……どうするんですの? セレス様!」
「お、落ちつけ!」
セレスとリースは、めっちゃ露骨にあせっている。
……誰も馬車のたづなをひかなかったらどうなるか。
おそらくは、馬が暴走し、馬車もろとも転倒してしまうだろう。
そして恐怖は間もなくやってきた……

ずがらがしゃああああん!!

「きゃあああああっ!!」
リースの叫び声と、馬車が横転する破壊音が重なった。
――――――――。

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送