……しぐっ……ひっく……えぐっ……
現世で怒る全ての不幸を、泣く声でもみ消している……そんな、泣き声だった。
「……?」
ミリアはテントの外に出た。
――闇を照らす、紅蓮のたき火。かわいた音をたてながら、不規則の運動をくりかえし、
それでも一定のリズムで運動するように感じられる火のゆらめきは、全てを燃やしたい、
と言わんばかりだった。――無論、全てを灰にするには役不足の火だ。
火は何か――誰かを見つめているようだった。また、見つめられているようだった。
「リース?」
ミリアは本能的に、その名を呼んだ。
たき火のそばで、炎のゆらめきを見つめている彼女の名を。
――彼女の瞳に、クリスタルのような涙が浮かんでいるのがわかる。
ミリアは何も言わず、ゆっくりとリースのもとへ歩いた。
パチッ、パチッとかわいた音が耳にとびこんでくる。
「リース、どうしたの?」
力なく正座しているリースは、やがてゆっくりと顔をミリアのほうへ上げた。
「……ミリア……様……」
元気のない声で、言った。ライトブルーの透き通った瞳は、悲しくくぐもっている。
――ミリアは、リースにあわせて腰を下ろした。
「なにか、つらいことあったの?」
リースの顔をのぞきこむように、本気で心配しているミリア。
「……ミリア様……。あなたは……なんでそんなに優しいんですの?
 私は……あなたのことが嫌いですのに! なんでそんなに優しいんですかっ!」
怒って、それでいて泣いているリースの言葉。
それを聞いたミリアの目にも涙が生まれた。
「……リース……私のこと嫌いなの……?」
――そんなこと言わないで。
ミリアの顔はそううったえていた。
「……いいえ。私は……あなたのことを嫌いになりたいのに……
 どうして……どうして嫌いになれないんですの!」
ミリアの視界には、リースの目は映らなかった。
――でもきっと泣いているのだろう。
ミリアは何も言えないでいた。代わりにリースが口を開く。
「私は……ミリア様の影なんです」
リースの目は隠れていて見えない。
「ミリア様の余った魔法力から生まれた…・・・ただの影なんですわ……
 私が普通の人間として生まれなかったばっかりに……
 あなたの影として生まれたばっかりに……!
 私の人生はめちゃくちゃなんですわっ!!」
――ミリアは何も言えなかった。
(私のせい……なの……私がリースを泣かせたの……?)
心の中でそう思う。
「私が生きられる時間は……もう残り少ないですわ……でもその前に……
 いろいろ経験したい……人から……大好きって思われたい……
 だから!」
泣きながら言う言葉は、ミリアの心を傷つける。
「だから、あなたが邪魔なのに……セレス様のそばにいるあなたが邪魔なのに……
 なんで優しいんですかっ!? ……おかげで……
 私はっ! あなたを責めることができませんわっ!!」
ゆらめくたき火の炎はいっそう燃えさかっていた。
「……リースは……不幸な生まれ方をしたからって、
 自分の不幸をそのせいにしてるの……?」
ミリアの顔は普段では考えられないくらい真剣だった。
まるで、怒っているようだった。
「私は……生まれたときから光の勇者だった……だから……魔物が出てきたのは……
 私のせいだって、町のみんなが私を責めた。……私をいじめた……」
リースが顔をあげた。ミリアの方に瞳をむけた。
「でも、そのときの思いがウソのように、私は今幸せなんだ。
 ……いろんなことがあって、いろんな人とあって、お友達もいっぱいできた。
 ……なんで私が幸せになれたかわかる?」
じっと、2人は見つめあった。ライトブルーの瞳どうしがたき火の炎の色の影響を
受けていた。
「私は誰もうらんだりしなかった!」
ミリアは言う――というよりむしろ叫んだ。
「私を生んだお母さんも、私をいじめた人たちも、誰もうらまなかった。
 ……だって、人をうらんで幸せになれるわけないもの……
 幸せになりたいなら、人をうらんじゃダメだって、お母さんは言ったよ!」
「…………」
今度はリースが何も言えなかった。
「それに……、私の影だろうと何だろうとリースはリースでしょ?
 私の影じゃなくて、1人の人間だよ」
ミリアの表情は、子供をなだめるようにおだやかになっていた。
「……でも、……ミリア様……私は……もうすぐ殺されてしまいます……
 生きている間に……大好きって思われたいんですわ!」
「だいじょうぶ♪」
ミリアはとびっきりの笑顔でいった。
「リースを死なせたりしないよ、私が。……それに……」
彼女の言葉には根拠がなかった。
しかし、それに気づかないほどリースは安心していた。
「それに、私はリースが大好きだもん。大事なお友達だよ♪」
――大好き。
ひとからそう思われるって、すごく幸せだ。
私は愛したいんじゃなくて、大好きって思われたかった。
そう思うと、今までの矛盾は時を刻む前に消滅し、台風が去ったようだった。
(私は、ミリア様に“大好き”って思われてたんですわ……)
大好き、と思われる――すなわち信頼されるということ。
リースは、生を受けている短い期間の中で“信頼”がほしかったのだ。
「ミリア様っ!」
リースは思いきりミリアに抱きついた。
力を使い果たしてしまうほど、抱きついた。
「ごめんなさい、ミリア様……あなたをうらもうとしてたなんて……」
彼女自身は気づかなかったが、ぼろぼろ涙をながしていた。
それからどれくらい泣いたかわからない。

“ありがとうございます”
――ちょっと場違いかな。

“命の恩人です”
――ミリア様には意味がわからないかな。

“あなたのしもべになります”
――いいや、ミリア様はそういうことは望まない。

リースは心の中で、気持ちを伝える言葉を探していた。
知識の中から単語をひっぱり出し、熟語をかきだし、何かいい言葉はないか、と
探していた。

「ミリア様♪」
リースは笑顔だった。
「なーに?」
ミリアもまた笑顔だった。
「私とミリア様は、親友ですよね?」
――聞かなくても、答えは分かっていた。
でも聞きたかった。
やっと見つけた言葉。
「うん♪」
ミリアは、嬉しそうにうなづいた。極上の、その上をいく笑顔で。

――――私は幸せですわ。




――――フィーナ様。私のお母さま代わりのフィーナ様。



――――私は素晴らしい人に会いました。
これまで人をうらまなかったからだと思いますわ。





――――幸せです♪

 

 

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