地下牢は静かだった。時折、金属を金属以外のものでブッ叩くよーな音を除けば。―――まぁ
そんな音が聞こえるくらいなら、ひょっとしたら本当は静かかじゃないのかもしれないが、
その音がある以外は静かなのだ。
―――その音とは、セレスが鉄格子をける音である。
ぐおぉおん……
(……くっそー……!)
ポケットに手を突っ込んで、鉄格子を見て―――というよりにらみつけている。
誰が見ても機嫌悪そーなセレスである。
すがっ!
―――今度は石壁に足で攻撃する。無論、びくともしない。
それに、ここで石壁が壊れてもらっても困る。だって地下だし。
(……こんなとこで俺の人生終わりかよ!)
セレスはイライラした気持ちで思った。
少し歩き回った彼は、両手を頭の後ろにまわし、石壁にもたれて座りこんだ。
鉄格子や石壁を攻撃しているのは他でもない、やることがないからである。
この牢屋から逃げる方法は、思いつく限りはすべて試した。しかし、それらすべてが通用
しなかったのだ。
―――まず、この鉄格子は実体化した魔法を吸収する。
セレスの放った攻撃魔法は、吸い込まれるようにして消滅した。でもって、その後は
何もなかったように、平然として鉄格子があるのである。
彼は6大元素を使った “魔術” しか試していないが、法術でも同じことが言えるだろう。
しかも、どーせセレスは法術は使えない。習えば使えるのに。
んなわけで、魔法の力が使えんことには牢屋を出るのは厳しい。
――――――どーでもいい余談だが、この吸収された魔法エネルギーはやはり何らかの
形で再利用されるのだろうか。……たとえば風呂わかしとか……。
次に、物理的攻撃手段に出たセレスだが、鉄格子は堅く、特に子供の力では
破壊できそうにない。さっきやった通りである。
―――全く、貧乏な盗賊団のクセになんで牢屋だけしっかりした設備なのか……
心底、わけのわからん盗賊団である。おまけに盗賊活動してないし。
(…ちくしょー…俺の人生って何だったんだよ……)
半ばやけくそで目を閉じて考える。
―――考えてみてもあまり覚えていない。あの、あほ女3人組(コードネーム)と数日を過ごし、
こんな牢屋にブチ込まれた……くらいの記憶しかない。
……記憶がないのだが、言葉はちゃんと話せるし、どこの大陸に何があるかといったことは
頭にあるのだが―――
今まで会った人を覚えていないのである。―――わかりやすく言えば、人々全員が
初めて会った他人のようなものだ。自分のこともわからない。
(―――こりゃぁロクな人生じゃないわな)
そう思うと、死にたくなってきた。これ以上生きていても無意味に思えてきた。
どーせここから逃げることはできないし、逃げ出せたとしても、あてのない、
もとにもどるための旅を続けることになる。
(っきしょー、どーにでもなれってんだ……)
もう完全にヤケである。死刑なら死刑で早くしてほしい心境だ。
ごぼごごごっ!
しーんとしていたフロアに何か、腹に響く音が聞こえる……。
ずごぼごぐっ!
―――また聞こえる。
(―――なんだ!?)
セレスもさすがに気になって飛び起きる。
ごぶぼぼぼこっ!
―――何か、壁のむこうから聞こえてくるような気もする。
心当たりがちょっとあった。この音は何かしらの術で、土を掘るとこんな音がするのである。
……ということは、誰か助けに来てくれたのか? ……そー思いかけたとき、
どがあああっ
石壁の一部が崩壊し、煙と同時に、割れて、壁でなくなった岩石がまるで大砲の弾丸にでも
なったかのように横にふっ飛ばされる。―――その量がひとつでなく、結構な数あるのが
ひたすら危なっかしい。
実際、セレスの頭上をかすめたものもあった。セレスは煙と石壁がこなごなになってできた
粒子から頭を守るため両手で覆っていたのだが、傷をつくらなくするのが精一杯で、
頭からつま先まで煙で汚れてしまった。―――まぁ汚れたからってさほど問題はないのだが。
「やっほー、助けに来てあげたわよ♪」
―――煙が少々おさまってから、聞き覚えのある、ひたすら陽気な声が聞こえてきた。
やがて姿を現す。頭の羽根飾りや、服には泥のようなものが(おそらく石壁の外は土なの
だろう)ついていて、彼女のほおにも似たようなものがついている。
「フィーナ……」
セレスは思わず名前を呼んでいた。そこに彼女がいることが不思議なことのような、
あまり感情のこもっていないつぶやきにも似ている。
フィーナは、ぴょんっとセレスの前にジャンプすると、ぬいぐるみを抱きしめるかのように
セレスを抱え上げた。
「まったくもー、何やってたのよ、セレス。心配したわよ」
言葉の内容よりはさして怒ってない口調―――むしろ安心したような感じでセレスの頭を
なでるフィーナ。
「……心配?」
―――セレスは聞き返した。フィーナがいることがさも不思議なことのように。
「……なんで心配なんだ?」
セレスはもう一度聞き返した。―――と、身体が押しつぶされそうな圧力にみまわれる。
フィーナが力いっぱい抱きしめているのだ。
「バカね……心配するに決まってるでしょ……」
―――フィーナの声は、今まで聞いたことのない―――たとえ15年生きていても聞いたことの
ないくらいやさしくて、おだやかな声だった。まるでお母さんのような。
セレスはさっきからボーっとしたように目の焦点があっていない。さっきまでの機嫌の悪さは
もちろん、いつもの乱暴な態度もない。―――この状況が信じられないといったふうだった。
(この俺を……心配してくれたのか……)
セレスは心の中で繰り返していた。フィーナの腕の中で。
「セレス様〜〜っ!」
―――また聞き覚えのある声が聞こえてきた。ずだだだだーっと地面をけってこっちに
向かってくる
彼女。やっぱり土の中を進んだためか、全身にわたって泥が点在している。
「セレス様〜やっと見つけましたわ〜♪」
フィーナが抱いていたセレスを地面において、誰にもわからないようにそっと自分の目を
こすったとき、ちょうど、リースが彼を抱え上げた。
「セレス様〜♪ 無事だったんですね〜よかったですわ〜♪」
リースがめちゃめちゃうれしそーにセレスを抱きしめた。顔をすりすりなんぞしている。
―――セレスはやはり、黙ってはいるが、信じられないといったふうだった。
「……よかった?」
セレスは聞き返した。
「へ?」
リースは間の抜けた返事をした。言葉の意味がわからないというよりはよく聞こえなかったようだ。
「……なんでよかったんだ?……俺が見つかって……」
セレスはやはりぼーっとしたような目で聞いた。
リースは一瞬、きょとんとしたような表情を見せたが、すぐににっこり笑った。
「だって、セレス様とまた一緒に旅ができるんですもの♪」
そういって、また抱きしめて顔をすりすりするリース。
「それにしても、なんか間があったわね、リース。あんたがここに到達するまで」
フィーナが、いつもの口調でいった。
それに対し、リースは、ぷくーっとほおをふくらませる。
「ひとごとみたいに言わないで下さい! フィーナ様がなんかの術で土を掘って行く作戦で
“あとからこの穴に飛びこんできてね” なんて言うからですわ!」
―――どうやら、フィーナが先頭にたって土を掘り、石壁をくだいてこの地下10階に助けに
来たらしい。
「しかも縦に掘ってるもんだから着地のときに足をくじいてしまった上に、なんだか分かりません
けれど爆発が起こって、ガレキの下にうもれていましたのよ!」
フィーナが、石壁をぶち壊すのに使った術で、フィーナ自身は魔法防壁(シールド)があったの
だろうが、すぐ横にいた(多分)リースに多大なる被害を与えたらしい。―――それで、
フィーナよりまっくろけなのか。
にしても、地下10階の高さを飛び降りるとはたいしたもんである。
「んで、ミリアは?」
フィーナが腕組みをしながらリースを見る。
「え? えーと、確かフィーナ様が穴を掘ったあと “どっちが先に飛び込む?” って話になって
ジャンケンで私が先に入ることになったんです」
リースがセレスを地面に置きながら説明する。
「でもって、私が穴に入って1分15秒したらミリア様も入ってくる予定だったんですけど……」
ちらっと石壁にぽっかり空いた穴を見るリース。
「1分15秒はたってるわよ……」
フィーナとリース、2人の顔に同時にタテ線が入る。
「……なんにしても想像できるわね……」
フィーナは変わらぬ表情で仮説をたてた。もとのセレスならさらに完璧な説が立てられるの
だろうが、ミリア心理学(?)にうとい子供版セレスと、リースには無理である。
さて仮説はというと―――
まず、リースに1分15秒してから飛び込めといわれたミリアは、リースが穴に入ったあと、
1秒――2秒――と数えはじめる。だがいくら数えても1分15秒にはならない。なぜなら
60秒で “1分” となることを、彼女は知らない。そして60秒――61秒――と数えていって、
75秒してもまだ続いて、100秒まで行くととまる。ミリアは100以上は数えられないのである
(この前は10以上もできなかったが)。そして、100から進まないし、セレスは心配だし、
でもリースの言ったことは守らないといダメだし―――って混乱しているうちに足を滑らせ落下。
んでもって、頭から落ちてそのまま気絶(ミリアの頭はがんじょうなので、地下10階の高さから
落ちても死にはしない)しているのではなかろうか。
―――というのが仮設である。
「セレス〜!」
仮説を裏付けるかのように、頭が特に土まみれになったミリアが走ってくる。
ぼーっと立っていたセレスを抱き上げ、そのまま泣き出した。
抱いている姿はお母さんのように見えるが、泣き方が子供である。
「セレス〜心配したよぉ……ひっく……ケガない? どこも痛くない?」
ケガはしたことはしたし、痛かった。それに、土まみれのミリアのほうが痛そうだ。
―――だが、そんなことは、セレスはカケラも思わなかった。
(……俺のために泣いてくれるのか?)
セレスの注意は、ミリアの涙と、言葉にひかれた。
「よかった〜セレスが見つかって……ひっく……セレス……怒ってるんなら謝るから……
だから……しぐっ……」
ミリアはごっくんとつばをのんだ。
「だから……いっしょに旅してよぉ……ひっく……お願いだから……
私から離れていかないでよぉ……しぐっ……」
汚れた服のそでで涙をふきながら、セレスの顔に顔をこすりあわせている。
泣きたくなくても目からこぼれ落ちてくる。
(……俺は……こいつらを捨てて行こうとしていたのか……)
セレスの心の中には3つのものが渦巻いていた。宿を抜け出し、1人で旅をしようとした後悔と、
宝物を見つけたような喜び。そして、はやくミリアを安心させてやりたいと思う気持ちである。
「どうしたの? セレス……ひっく……さむいの?」
セレスの震えを感じとってか、健康を気づかってくれるミリア。泣き顔で。
―――もちろん寒いわけはない。夏だから、ということじゃなくて、別のものである。
「いや……」
セレスは震えを止めて、涙をふくと、両手でミリアを抱きしめた。
「ミリア……泣くなよ……いっしょに……旅しようぜ……」
―――それを聞くと、ミリアはとびっきりの笑顔を見せた。セレスからは見えない
位置にあったけど。
「うん♪」
笑顔と同時に元気よく声を上げるミリア。それを聞いてセレスは安心して、ぱっとミリアの胸から
離れ、地面に着地した。
「ここから逃げるぞ。盗賊のやつらが気づいてないわけないからな」
――― 一同は、同時に返事をした。言葉の種類はバラバラだったけど。

 

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