ザワッ……
ものの気配がする。―――殺気だ。
セレスが目を開いたのはそれに気づいてのことだった。
ひとつ―――ふたつ―――みっつ―――
殺気だが、身も凍るようなにらみではない。
ちょっと殺してやろうかというくらいの―――
おそらくとーぞくか何かの部類の殺気である。
ザッ――
土を踏む靴音が小さく響く。同時に声がする。
「おらぁ! ガキ、ここで何やってやがる!!」
中年男の声だ。下品な声からして、暗殺者 (アサッシン) でないことが確定した。
―――なぜならこんな夜中にいちばん怖いとされる暗殺者 (アサッシン) は
自分からはしゃべらないし、乱暴にどなりちらす奴など滅多にいるっものでもない。
とーぞくにちがいないだろう。
それでも安心はしていられない。
さっきから殺気の数はふえてきている。―――ざっと30。
ぽこぽこ湧き水のように3人から増えてきたのである。
ここでセレスは初めて気がついた。彼は重大なミスを冒していたのだ。
それは―――すなわちこのセレスがもたれて寝ていた家がとーぞくのアジトその1だったらしい。
…………灯台もと暗しである。
セレスは内心、かなりダメーな状態になりつつも、とーぞくの相手をすることにした。
ゆっくりと立ち上がる。
そして鋭い視線をとーぞくのひとりにむける。
「うるせぇ……ザコが。」
―――セレスは怒っていた。なぜってそりゃあ人がせっかく寝ていたのに起こされては
誰だって機嫌悪くなる。でもこの言い方では挑発になってしまう。
15歳のセレスならこんなとーぞくの100人や200人、ザコにちがいないのだが、
5歳のセレスに大の大人30人はちょっときついかもしれないのである。
演技 (たとえば迷子の子供を演じるなど) できりぬけるという策もないことも
なかったのだが、起こされて機嫌悪いし、第一セレスのプライドがそんなことはさせない。
セレスは軽はずみで言っただけだが、結果的に冷静さを失わせてよかったかもしれない。
「なんだとこのガキ!! 俺らのアジトの横で勝手に寝やがって!!」
「ガキを捕まえろ!!」
月並みで予想通りの声とともに、とーぞくたちが数人とびかかってくる。
「ふん……」
セレスはひとつ息をつくと腰から短剣を抜き放った。
そのまま右足を深く曲げ、大きくのばした反動で前に跳躍した。
目指すは名もないとーぞく数人!
1人目の横の一振りをしゃがんでかわし、上に跳ぶついでに剣でわきを斜め上に斬り上げる。
2人目は跳んだところを突いてきたが、セレスは剣で受け流し、そのまま男の左肩を
体重にまかせて縦に斬りつける。―――これで2匹。
3人目は縦に斬りつけてきた。しかしそんなタダの斬りは横によけておしまいである。
セレスは左にかわすと、すぐさま斬り返し、銅をまっぷたつ。これで3人。よゆーである。
「なに!」
「こ……このガキ…!!」
とーぞくに動揺の色が見えはじめる。まさか5歳の子供がわずか数秒で大人3人を
瞬殺するとは思っていなかったらしい。……まぁ当然だが。
そうなるとさすがにうかつには攻撃してこないようである。
家 (アジトらしい) の壁でセレスの右側の退路を断ち、前と後ろからじりじりと間合いをつめている。
セレスの左側の山側にも数人のとーぞくがいる。
「……だからザコと言ったんだ。」
セレスは鋼を思わせるような鋭い瞳でいちばん先頭のとーぞくAをにらみつけた。
「…くっ…」
子供とはいえ、その鋭すぎる冷たい視線と、先程の実力がとーぞくAに冷や汗をかかせる。
ちりんちりん……
とーぞくAは鈴をとり出して、助けを乞うように鳴らした。
とーぞくAは何かかすれた声でしゃべったため、聞きとりにくかったが、セレスにはそう聞こえた。
(……仲間を呼ぶ気か……!?)
セレスは念のため、家の壁を背にして剣をかまえた。
とーぞくたちのいる右側と左側からはおそらく出てくるハズもない。
来るとしたら山側の正面である。突然出てくるだろうから、すばやく対応できるという寸法である。
これで正面、右側、左側、後側と完ぺきである。あと無防備なのは頭上くらいだが、
葉っぱで空の5分の4は隠れているため――― っ!?思いっきり死角だ!!
(しまった!!)
セレスが気づいて上を向こうとする前に、固い物体が頭を直撃した!
「がっ……!」
セレスは声にならない声を上げて地面にうつぶせに倒れた。
―――セレスの頭からは血がどくどくしみ出し、草むらの色を変えている。
(……く…俺としたことが……)
―――まだ意識はある。といっても立ち上がることはもちろん、指を満足に動かすこともできない。
今のはセレスにとって完全な不覚であった。
山に生えている木からのびた枝葉が上空の視界をさえぎっていたのだ。
上から来ればすぐわかると思って上を確かめなかったことが敗因である。
「ふん、こんなガキに3人もやられるとは我が盗賊団もおち堕ちたものだな……」
セレスは勝手に閉じる目を必死で開きながら声のするほうを見た。
頭にはなめし皮かなにかの帽子にマスクにマント。
肉体で見えるところといえばその鋭すぎる目と、その周辺の皮膚、それとわずかに出ている
前髪である。―――二十歳くらいの若い男である。
(……ちくしょう…!)
心の中で叫ぶセレス。意識が遠のいていくのを必死にもどそうとする。
「……ガキ。アジトの横で寝るとはどういうつもりかは知らんが……
 ここ一帯は我が盗賊団 「リボルバーマグナム」 の縄張りなのだ。」
―――知るか!そんなもん!!
とか思いつつもツッコミを入れるよゆーが今のセレスにはない。
頭からどくどく血が出て、目を開けているのがやっと。
「我らの縄張りに入って睡眠を取った者は、大盗賊憲法百六十五条により死刑となる。」
―――たわけ。盗賊が憲法なんぞつくるな。事後としろ。仕事。
言いたくても言えないセレス。
「死刑執行は明日。それまでおとなしく牢に入っているがよい。」
―――待て。明日まで待ったら出血多量で死ぬぞ、おい。
「む、忘れていた。法術士か誰かはガキの傷を治してやれ。このままじゃ死ぬからな。」
―――忘れるな。そんなこと。超重要だ。
この男、マジメなのかフザけているのかよくわからんが腕は確か。直感で盗賊の親分かと思う。
あの高さから飛び降り、セレスを槍でなぐって殺さずにおくという芸当はなかなかできない。
相当熟練した槍使いなのだろう。それを裏付けるように眼光は鋭い。
セレス5歳バージョンでは勝つのは難しいだろう。
(……くそ…!)
セレスは男に殺意を抱きながら、意識がなくなるのがわかった。
目が閉じていく。セレスは気を失った―――。

「う〜〜」
幼い女の子が泣きたいのをがまんして出すような声があたりに響く。
暗い暗い細い道を、ミリアが走ってくるところであった。
―――こけた。この時点でもう浴衣から旅のときの服に着がえていて正解である。
「なにやってんのよ。」
いきなし自分の目の前でこけたミリアに対し、あきれてフィーナが言う。
ミリアはむくっと起きあがり、ぱんぱんっとスカートのよごれをはらうとフィーナの方を見た。
「セレス、見つかった? ミリア。」
それを聞くと、ミリアの目に涙がじわじわたまってほおをつたってこぼれ落ちた。
「……ひっく…見つからないよぉ……」
服のソデで涙をふきながら、ミリアは言った。
「ねぇ…ひっく…フィーナ、セレスどこいっちゃったのかなぁ……?」
迷子になった子供のように泣いているミリアの頭を、フィーナはぽんっとなでた。
「だ、だいじょーぶよ、ミリア。セレスが宿を出てからそー時間は……たってないハズだから、
 まだ追いかければ見つかるわよ、きっと。」
フィーナは長風呂をしたことを少し後悔しつつも、なぐさめる。
「フィーナぁ!」
―――ミリアは、いきなりフィーナに抱きついた。
「どーしよう……どーしよう……セレスが」……
さっきまで気づかなかったのだが、ミリアはぶるぶる震えている。
恐怖のあまり目をつぶってフィーナの腰にしがみついている。
「セレスが……死んじゃったら……私…私…」
涙でぐしゃぐしゃになった声で言うミリア。
「約束したのに……私が守るって……言ったのに……」
「…………。」
フィーナは左手で自分の目をこすってから、両手でミリアを抱きしめた。
「ミリア・・・大丈夫だから・・・・・・セレスは・・・そんなほっといたくらいで死ぬよーな奴じゃないわ。
 今から探せばまだ間に合うから・・・ね。」
「……うん」
お互いの視界からはお互いの顔は見えないが、泣いているのだ。ふたりとも。
フィーナはミリアをゆっくりと引きはなし、再び目をこすった。決意を込めて。
「フィーナ様、ミリア様〜!!」
遠くからリースの呼ぶ声が聞こえる。だんだん近づいてくるようだ。
……どーでもいいがこいつが来ると雰囲気がブチ壊しになるのは気のせいだろうか。
「見つかりましたか? セレス様は!?」
リースはこっちへ着くなり、急ブレーキのポーズをとって聞いた。
「見つかんない。そっちは?」
フィーナが味気なく切り返した。
「いませんわ……ほんとにどこいってしまったんでしょう……」
リースもちょっと涙を浮かべながら答えた。
「む〜、セレス様、子供になっちゃったうえに迷子になっちゃって……
不幸ですわ……かわいそうですわ〜〜」
――――不幸……かわいそう…――――
そんな言葉がフィーナの心にざっくり刺さった。記憶が一瞬よみがえるようだ。
次の瞬間には、フィーナは唇をきゅっと結び、だらりと垂らしていた両手も堅くにぎりしめた。
「ミリア、リース! さっさと探すわよ!!」
言って、フィーナは走り出した。ミリアと、ハンカチで涙をふいていたリースも続く。
――走り続けるフィーナの心の中は、こんなことでいっぱいだった。
(セレス……絶対無事でいてね……!)

 

 

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