3章「いっぱいがんばれば、幸せって来るのかな?」

「セレスぅ〜」
ミリアの黄色い声。
なんだかよくわからないがミリアはとても明るかった。
「なんで部屋に来るんだ」
でもセレスはうっとおしそうに言った。
――カレーナの町の宿屋。
森をぬけた彼らは一番近いこの町に宿をとった。
一晩野宿をしてほこりっぽくなった髪をきれいにした風呂上がり。
浴衣を着たミリアはトランプを持ってやって来た。
言うまでもないがこの2人はかみ合ってなかった。
話しかけるのはいつもミリアで、セレスはほっとけばひとりでいた。
そして “勝手についてこい” とばかりにすたすた先に行ってしまう。i
それでも、ミリアはついていった。
足が痛くなって靴擦れしても、のどがカラカラで倒れそうになっても一生懸命がんばって
ついていった。
ミリアは、セレスとほんとに友達になりたかったのだ。
セレスと友達になる。あきらめて他の人を選びたくはない。
決意して最初にあった人だ。あきらめるものか。
妙な使命感がミリアにはあった。
「……ひとりじゃさみしいから、ちょっと来てみたの」
「邪魔だ」
と、言われてもくじけない。こんなことは慣れている。
「ほえ? なにしてるの?」
「……隣町とそのルートの確認だ」
机の上にはコンパスとこの辺りの詳しい地図をはじめ、たくさんの資料があった。とても
トランプを広げるスペースはない。
「すごいね〜」
「……ひまなら見てもいい」
「ほんと?」
ミリアはすぐ前の “レナコートの町” の資料を読んだ。
「読めないぃ〜」
資料の文章が難しすぎて(?)、ミリアには読めなかった。
「………………」
セレスは無表情ながらも驚いたような感じだった。
「教養無さすぎだ。田舎娘が」
言って、ミリアから町の資料を取り上げる。
「ぶー……」
ミリアはなんか悔しそうにしていた。
「……ところで、おまえは明日からどうするつもりだ?」
「え?」
「どうせ路頭に迷うんだろ。安心しろ、2週間分の宿代と食費くらいは用意してやる。
……後は好きにしろ」
「あ、あのー……ついていっちゃだめ?」
ミリアはおそるおそる聞いた。
「さっきの言葉の言外に “ついて来るな” と言う意味を含ませたつもりだが」
「でも私ついていきたい。セレスと一緒に――」
「そこでこの資料が出てくるわけだ」
ぴらぴらとさっきの紙をひらつかせる。
セレスは、組み立てられた弁論のように話し続ける。
「この資料に書いてあることを教えてやろう。
 現在レナコートの町は危険度ランクAに指定されている。
 数日前謎の奇病が発生し、強力な感染経路をもって被害が拡大。即座に町全体が
 病だらけになった。
 病名 “ロザリオ病” 感染者の左手に赤い十字架が浮かびあがるのが特徴だ。そして
 感染者はきっかり3日で必ず死亡している。
 “強力な感染経路” と言ったが空気感染はしない。どんな経路なのか全く分からない
 ――で、その調査の解決に俺が任命された。つまり、俺についてくるとその町に
 行かなければならなくなり、貴様のようなバカは真っ先に死ぬ。
 だからついて来るな。足手まといだ」
「………………っ……」
ミリアは大粒の涙を流した。うつむいた彼女の瞳から床にぽたぽたと雫が落ちる。
「うっ……うっうっ……」
「すぐ泣くからうっとうしいんだ。部屋にもどれ」
セレスは再び資料に目を通した。
――その間もミリアの泣く声が部屋に響く。
「部屋にもどれ」
そうやってセレスは冷たく言い放った。
ミリアは――床に手をついて頭を下げた。
「お願い……します。ついて行かせて下さいっ……。
 私は……もう“住む”のが嫌なんで……す。いじめられても……どこへも逃げられずに
 ただ……よくわからなく……生きていくのは……私は……旅がしたい……。……でも
 私は……私だけじゃ……きっと……そんなことできないから……だから……
 一緒にいてほしい……。
 ……そして……何……より……私は……セレス友達になりたいの……。
 だから……つれてって……おねがいします……」
うつむいたまま、ミリアはそこまで言った。
ああそうだ。
私は、もう人間とつきあうのに疲れたんだ。だから自殺しようとした。
でもセレスに会って、話して、やっぱり自分は人間が好きなんだと思った。
それでもアストレイフの人たちは嫌いだ。
そんなことが繰り返されるのももうたくさんだ。
だからいつでも逃げ道がある“旅人”になりたい。
そんな思いを言葉に出し、初めて自分に伝わった。
前みたいにぐだぐだストレスをためつづけるのはもう終わりにした。
“セレスについて行きたい”のためにしぼりだした“ついて行きたい理由“は彼女自身も
気づかないレベルで引き出され、結果今の彼女に関するゆるぎない真実となった。
ああ、そうだったのかと、初めて自分の真実を知った。
「…………死ぬ覚悟はあるのか?」
「はい」
今さら死を怖いとは思わなかった。怖いにしてもセレスについて行けるならそれでも
いい。
「お前はきゃあきゃあうっとうしい。だが死んでもいいなら同行してもかまわん。別に
 俺にとってはどっちだっていいんだ。お前に少しは興味もあるし、一方でうだうだ邪魔
 くさいと思っている。……で、お前の持ってるトランプで決定しようと思う」
「……トランプ?」
「ジョーカーを除いた52枚からお互い1枚をひいて数の大きい方が勝ちだ。
 お前が勝てば俺についてこい。旅くらいさせてやる。俺が勝ったらもう後のことは
 知らん。どうだ?」
……可能性があるのなら、信じてみたい。ミリアは迷わず答えた。
「うん、やるよ」
トランプが切られる音を背景に、ミリアのライトブルーの瞳はりん、と真っ直ぐだった。
負ける可能性はあまり考えなかった。
それよりもこの先無限に広がる未来に希望を持った。
私の新しい人生だ。“幸せ”を手に入れたい。
ミリアは涙をぬぐった。
同時にトランプの音が止む。
「……勝負だ」
セレスは束から1枚ひいた。
残りの束がミリアの前に差し出される。
心臓がどきりとした。
手ががたがた震える。
でも――瞳はゆらぐことなく、ただ淡い澄んだ青色だった。
しゅっ、と1枚を抜いた。


――――ミリアはとびっきりの笑顔を見せた。
久しぶりに心から笑ったのだ。うれしくてたまらなくて涙が出た。
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