1章 「言葉は、その一言が人の生き方までも変えてしまうものだと思いました」
――――――ミリアの日記より

「海、泣いてるね・・・・・・。」
ひとりごとをつぶやいた。
―――海だけじゃない。山が悲しんでる。お日様も元気がない。
時々響く海辺鳥の鳴き声がそれらをいっそう際立てる。
でも、しっていた。
山や海が悲しそうに見えるのはじゅうぶんが悲しいからだと彼女はしっていた。
本当は、お日様はいつも元気だし、鳥も落ち込んだ様な鳴き方をしない。
自分が悲しいのだ。
そんなことさえ思いながら、岬のいちばん先に立っている。
「私は・・・・・・元気でないよ・・・・・・お母さん・・・・・・」


少女の名前を“ミリア”といった。


彼女はいじめられっ子だった。
かといって生まれてすぐそうだったわけではない。
その“時”があった。
決定的な要因は魔物が彼女の町へ攻めてきたことにある。
魔物たちが町を襲ってきた目的は“ミリアを殺すこと”であった。 
それ以来、ミリアは事件の原因であるとみなされ、みんなにさげすまれた。
町の人たちの教養が低かったせいもあるだろうが、
悪者を決める上ではミリアがもっとも最適であったのだ。
その日からミリアはいじめられるようになった。


そして、2度目の襲撃があった。
1度目から数年経った今日である。
ミリアは海を見ながら今日のことを受動的に思い出す。
町が滅びる瞬間―――


朝は霧が深かった。
ミリアは学校へ行く日だった。17歳はまだ学校に行く年だ。
田舎町だが、一応18歳まで学校に行くことになっている。
内容は大して役に立たない。適当に都会を真似ただけのものだ。
「・・・・・・いってきます。」
弱い声で母に言った。
「いってらっしゃい♪ いろいろ気をつけてね。
それと、今日の夕飯はシチューよ。」
対照的に母は明るかった。
ミリアと同じくらい苦しい思いをしたに違いないが、
何事もないように母は明るく、優しかった。
「・・・・・・うん。」
ミリアは戸を閉めた。  

家を出るとすぐ自分の家の畑がある。
いつものように悪い子供達に荒らされていた
野菜は植えてはいるのだが育ちはしない。
変わりにトンネル付きの土の山ができていたりする。
母いわく「あの畑はカモフラージュよ」らしいが。
―――まぁいつものことだ。
食べ物なら母が知らないあいだに調達してくる。 

学校に着いた。
テーズという男の子に会った。
昔、親友だった人である。恋心を抱いたこともあった。
ひととおり悪口をあびせられた後、授業が始まる。
魔術や歴史を教えてくれるが、ミリアは授業に使う書物を目で見るだけだった。


霧が晴れた昼に事件が始まった。

魔物が町に攻め入ってきた。警鐘が鳴る。
学校にもすぐ避難命令が出て、生徒たちは出口に押しかけていく。
―――ミリアはじっと座っていた。
ぼーっとしながら“死んじゃうんだなぁ”と思った。
窓の外。すでに火の手があがっていたところもあった。
ミリアはまだずっと座っていた。
でも―――気にかかる事を思い出した。
「・・・・・・お母さん!」
ミリアは走り出した。

母が死んでしまうかもしれない。
家が燃えてしまう。
母のもとへ走った理由はそれだった。
あるいは自分に家族がいなかったら、今でもぼーっと座っていたかもしれない。
でも走っている最中は母のことを考えている。
「お母さん、死なないで・・・・・・」
赤く染まりつつある町を、ミリアは独り走った。
母が死ぬのは本当に嫌だったが、家がなくなってしまうのもまた嫌だった。
父はいなかったが、あそこは母と、姉と、妹と自分の思い出がつまっている。
「おねえちゃん・・・・・・」
姉、シリアは前に死んでしまった。もう会えない。
だから、家がなくなるのは嫌だ。
「リスカ・・・・・・」
妹、リスカは都会へ働きに出ている。もう違う世界にいるのかもしれない。
だから、家がなくなるのは嫌だ。
「お母さん・・・・・・」
母、クレナは今では唯一の心の支えだった。
大好きだし、これからもずっといっしょに暮らしたいと思っている。
だから、思い出の絆がなくなるのは・・・・・・嫌だ。

「お母さん!」
家に母がいた。
「おかえりなさい、ミリア。」
母はのんきに言う。
「お母さん、はやく逃げなくちゃ!」
「ええ。・・・・・・でも、」
母はミリアの頭をなでながら言った。
「ひとりで逃げなさい。王都ライタルトにはリスカがいるから頼るといいわ。」
「え・・・・・・」
「ミリア。あなたはもう私から離れなければならないの。
ひとりでがんばらないとダメなのよ。」
「で・・・でも・・・」
「そして大好きな友達をいっぱいつくるの。
だいじょうぶ。ミリア本当はすっごく明るくてやさしい子だから、
いつも楽しい気持ちでいれば友達なんてすぐできるわ。」
「・・・・・・。」
ミリアは黙っていた。ただ受動的に聞いていた。
「そのために、ミリアは新しい気持ちにならないといけない。
私がいたらダメなのよ。」
「で、でもお母さんはどうするの? しんじゃやだよ。」
母はにっこりと笑顔を浮べた。
「だいじょうぶ。私は絶対に死なないわ。
そして、大事なこの家を守って見せる。」
「・・・・・・あ・・・」
ミリアはいっそう母をいとおしく思った。
自分が大切に思っているものを守ってくれると言っているのだ。
しかしそれ以上に、母が心配でたまらなかった。
「・・・・・・うん。・・・・・・わかった。私ひとりでがんばってみる。
お母さんもがんばって・・・・・・」
ミリアは母を抱きしめて別れのキスをした。
たくさんの願いをこめて。
そしてミリアには生きる希望があった。

ミリアは走った。
生き延びるために。
―――母の言うことに従って間違ったことはない。
そして言ったことは絶対守ってくれる。
だから、ミリアは走った。
ライタルトにいる妹が同じように自分を好きでいてくれるか
少し心配だったけど、だいじょうぶと思った。


町はほとんど火の海だった。
家屋は倒壊、炎上し、魔物が狂ったように暴れ、ガレキの下に人が埋まっていた。
ミリアは涙を流していた。故郷が燃えていく。
昔は―――楽しかった場所なのだ。


ミリアは立ち止まった。
そこに、テーズがいたからだ。
「テーズ!だいじょうぶ!?」
ミリアはかけよった。
上体を起こしてやろうと背中に手をまわすと、血でぐっしょり濡れた。
背中に致命的に深い傷があった。
「テーズっ しっかりしてよぅ!」
魔術で傷を治してやることもできず、ミリアは悲しんだ。
「う・・・うぅ・・・・・・」
テーズの口からうめき声が聞こえる。
「テーズ・・・・・・」
彼はミリアを見た。嬉しそうで、悲しそうで、おだやかで、怒ったような
よくわからない目だった。―――やがて憎しみの目に変わる。
「・・・・・・おまえは・・・・・・疫病神・・・・・なんだよ・・・・・・。」
―――テーズはそう言うと、瞳を閉じた。

ミリアはわからなくなった。
母は自分を『人に元気をくれる人』―――「明るくてやさしい」と言った。
テーズは自分を「疫病神」―――『人に不幸を与える人』だと言った。
長年のストレスでプラス思考ができなくなったミリアは走りながら考えた。
自分はどっちなんだろう・・・・・・
母の言葉は重要であるし、いつも正しい。
でも―――テーズの言葉もなんだか本当のような気がする。
自分の存在がこの町の滅亡を招いたのはまぎれもない事実なのだ。
ただ、彼女自身は原因を知らない。

大好きなテーズに言われた言葉は、重かった。
この先ずっと心に刻まれたままにちがいなかった。
考えるたびに心臓の下が鈍く、重たくなる。
なんだか母の言葉よりもテーズの言葉のほうが勝っているような気がした。
―――昔は、自分でも楽しくて、明るくふるまえた気がする。
姉や妹や、町のみんなと仲良しだったから。
今は―――客観的に物事を見るようになった。
それは主観的にできないことの裏返しにすぎない。母の言ったふうにはできないかもしれない。
自分は母の言うところの「明るさ」と「優しさ」を失い続けているということだろう。

そしてミリアは、もう自分には「明るさ」も「優しさ」もなくなっている気がした。


気がつくと、この岬にいた。
海が泣いて、山が悲しそうに見えるところ。
そして後方には炎につつまれたアストレイフの町があった。
なぜここに来たのだろう。この岬に。きっと地面が海に向かって突き出ているからだ。
自分は―――死にたかったのだ。
今まで慢性的にそう思ってきた気がする。
それを実行に移さなかったのは、母がいたからで、母が悲しむのが嫌だからだった。
―――でも今は、母から離れて「ひとり」である。
死んでもいいような気がした。

小鳥が肩にとまった。
一瞬だけ、鳥とか犬とかに囲まれた昔の自分の姿がよみがえる。
でも、すぐ消えた。
小鳥はさえずり声でミリアのほうを見ている。
「鳥さん・・・・・・私のそばにいないほうがいいよ。私・・・・・・これから死ぬから・・・・・・」
ミリアは小鳥のほうにふりむいた。
―――すると、小鳥は逃げていった。
ミリアはわかったような気がした。
自分が死のうとするのは何もかも失ったからなのだと。
ひとりになって何にも執着できなくなったから、心の支えがなくなったから。
それがわかって、自分はなんて弱い人間なんだろうと思った。
結局、他人に依存しなければ生きていけない人間なのだ。
ミリアは海をながめた。足元に広がる海を。

「リスカ、あなたの夢はなに?」
母は妹にきいた。まだみんな幼いころだ。
「私は、もっと魔術や科学を学んで、学者になりたいです。」
リスカはそう答えた。
「シリア、あなたの夢は?」
母は姉にきいた。
「んーっとね、およめさんっていうのもいいけど、私は国を動かす仕事がしたいな♪」
シリアはそう答えた。
「ミリア、あなたの夢はなに?」
母はミリアにきいた。
「え?うーん、えっとね、私は“しあわせ”になりたいなー♪」
ミリアはそう答えた。

―――次の瞬間には音とともに水柱があがった。死はすぐそばにあった。
でも海はつめたくもなく、息はくるしくもなかった。
意識が―――どこか遠い所へいってしまったからであった。
自殺したことを母や妹は知るのだろう。
そんな感覚はあった。
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